9/19 日帰りで直島へ
直島町長を4期務めた叔父の一周忌で本村に帰って来た。

叔父は、直島よりアートの島になりつつある豊島(てしま)の産業廃棄物の受け入れと処理や、
ベネッセハウス、直島文化村などの推進に尽力した。
神事のあと、出席した全員で墓に参り、会食をした。

そのあと、僕は両親と生家に帰り、ほとんど寝たきりになっている88歳の伯母に会った。
伯母には、両親が直島に住み、僕が生まれたときから世話になっている。
叔母と3時間ほど話をした。ずっと手を握り、同じ話を、何度も、何度も、聞いた。
全然、苦にならなかった。不思議だった。
▼生家
見えてるのは納屋で中はダンナの趣味でカウンターバーになっている。
その奥に20畳ほどの広間と3階建ての母屋があり、台所と6畳間が6部屋の客室へと続く
宮浦港で「ナオシマルシェ」というフリーマーケットをやっていた。ステージがあり、
フォークデュオが『戦争を知らない子供たち』を歌っていた。
当日はちょうど安保法案が参院で採決される日。
国会前のデモ隊で『戦争を知らない子供たち』が大合唱になればいいなと思った。

帰りのフェリーは、おニューだった。
定員500名、壁にアート作品が飾られた船室は椅子の数が半端なく多くて、
乗船時に列をなしていた観光客が座っても、余裕のユウちゃんで空いていた。


叔父は、直島よりアートの島になりつつある豊島(てしま)の産業廃棄物の受け入れと処理や、
ベネッセハウス、直島文化村などの推進に尽力した。
神事のあと、出席した全員で墓に参り、会食をした。

そのあと、僕は両親と生家に帰り、ほとんど寝たきりになっている88歳の伯母に会った。
伯母には、両親が直島に住み、僕が生まれたときから世話になっている。
叔母と3時間ほど話をした。ずっと手を握り、同じ話を、何度も、何度も、聞いた。
全然、苦にならなかった。不思議だった。
▼生家
見えてるのは納屋で中はダンナの趣味でカウンターバーになっている。
その奥に20畳ほどの広間と3階建ての母屋があり、台所と6畳間が6部屋の客室へと続く

宮浦港で「ナオシマルシェ」というフリーマーケットをやっていた。ステージがあり、
フォークデュオが『戦争を知らない子供たち』を歌っていた。
当日はちょうど安保法案が参院で採決される日。
国会前のデモ隊で『戦争を知らない子供たち』が大合唱になればいいなと思った。

帰りのフェリーは、おニューだった。
定員500名、壁にアート作品が飾られた船室は椅子の数が半端なく多くて、
乗船時に列をなしていた観光客が座っても、余裕のユウちゃんで空いていた。

by kzofigo | 2015-09-19 21:36 | 家族の友























