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3/16 月の法善寺横丁


毎月10日は,うどんの日。


夕方6時。確実に「営業中」の看板が立っている時間帯の【とも作】へ。


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カレーうどん(580円)が食べたいなあ。あと、おでん(1品100円)、大根と牛すじ。
ここのは、大きな器に盛られてくるので、カレーがピチピチ飛び散らないのがいい。

【とも作】も近所にあるせいかスペシャル感がなくなり、普通の店になってきた感じ。
【とも作】の「川島ジャンボうどん化」。いいんじゃないかな。

しめて、780円。







【BSプレミアム 新日本風土記】を見たよ。

今回は法善寺横丁

道頓堀から一本路地を入ったところにある法善寺横丁。江戸時代、法善寺への参拝者や道頓堀の芝居小屋に向かう客を目当てに、露店が立ち並んだのが町の始まり。水掛不動には、今も終日、参拝者の姿が。境内には文化人、芸人をひきつけてきた60軒の小さな店が並ぶ。“なにわ料理”を学ぶ板前の聖地。客にとっては、なにわの“しきたり”“たたずまい”を学ぶ場だ。折り目正しく、所作美しく生きる、なにわの人情世界を旅する。(NHKオンデマンドより)


   ▼横丁入口
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こいさんが私を初めて法善寺へ連れて来てくれはったのは「藤よ志」に奉公に上がった晩やった。
早う立派な板場はんになりいや言うて、長い事水掛不動さんにお願いしてくれはりましたなァ。
あの晩からわては、わてはこいさんが好きになりました。


60の店が並ぶ路地、すべて法善寺というお寺の境内だ。


    ▼法善寺横丁といえば水掛不動。水を掛ければ願い事を叶えてくれるという。
     人々の想いを受け止め続けて、この苔むした姿に
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番組のオンエアを教えてくれたのは、海の向こう、由紀さおりとのコラボでおなじみ、
米国はPink Martiniのホームタウン在住、見目麗しき着物美人、Lady J
ここ10年ほど帰国するたびに、バー【夕顔】を訪ねているそうだ。

僕も大阪で働いていた頃、法善寺横丁で飲んだことがある。
心斎橋と難波の間、ミナミのど真ん中、京都木屋町をざっくばらんな「一見さんOK」にしたような風情で、
それはそれは情緒豊かな横丁だった。30年前の話だけど・・・


水掛不動の隣にある、ちゃんこ鍋屋で戦後すぐから働いてきた女性。67~8歳まで現役の仲居さんだった。
20代で故郷の熊本を離れ、独り身のまま仕事一筋に生きてきた。

仲居は引退したが、92歳の今も週に2回は店に顔を出している。
命ある限り美しく。法善寺のお座敷で生き抜いてきた浪速女のこだわりだ。


   ▼「べっぴんにうつしといて」
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横丁で一番小さい店「呑み処 さち」。明るく悩みを語り合う平均年齢は60歳。


 ▼「呑み処 さち」
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さちのママが詠んだ句

水商売 なぜに消せない 火の車


大阪庶民の生活を描いた作家として知られる、織田作之助。彼の代表作のタイトルになった店。


  ▼「夫婦善哉」
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「いっぱい山盛りにするより、ちょっとずつ二杯に分けたほうが、ぎょうさん入ってるように見えるやろ」


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浪速の「食」の美学は「喰い味」「始末の心」

大きな真昆布で作る、ダシ味が「喰い味」。
無駄を出さず、使い切って安く上げる。一皿に旨みのすべてを・・・が「始末の心」。


  ▼浪速料理「森川」の主人
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京の上品に対し、商人の町・浪速は実(じつ)を重んじる。


 ▼一皿に旨みのすべてが凝縮された鯛の共出汁
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法善寺は訪れる客も大人の振る舞いが求められる町。横丁で半世紀続くバー。
客の多くは「ここに来たら何でも喋れる」という長年通い詰めている常連だ。
楽しく飲めない人は入れない。


 ▼常連さんで賑わうカウンターバー
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   ▼マスター。無粋な酔い客は追い出したというママの息子
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1回来て、「またあっこ行ってあげよ」
いうのが商売であってね



法善寺で最も修業が厳しい日本料理店。親方のもと6人の弟子が修業を積んでいる。


  ▼店を開けるのは夕方5時。玄関先で客をひたすら待つことも仕事
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   ▼親方が味見をする、まかない。緊張のひと時だ
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大正から昭和にかけて、法善寺界隈は日本のジャズの中心地だった。
道頓堀にはジャズスポットが並び、旦那衆、芸妓、女給たちが熱狂した。
米国南部で生まれたジャズと大阪ミナミの泥臭さの融合だ。


 ▼ジャズバー
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法善寺の近くにあるビルの1階。
去年できたばかりの千日弘昌寺・住職は、もともと落語ホールの経営者だった。


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法善寺の参道は処刑場までの罪人引き回しの場でもあった。法善寺からは弔いの念仏が聞こえていた。
かつて死者を弔っていた法善寺は戦争で本堂を失い、近くの寺はどこも開発で移転。
地元での供養は途絶えた。

千日弘昌寺の住職は鎮魂のための護摩焚きを毎晩続けている。


 ▼娯楽の少ない時代。罪人の最期も道頓堀では人形浄瑠璃の見世物として演じられた
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法善寺界隈は忘れられた死者の上に愉しみと賑わいが重ねられてきた。


ミナミに13歳の頃からいるという鳶英五郎さんは、ミナミで数々のバーを営んできた夜の顔役。
昔の法善寺を今に蘇えらせたというバーが暗闇の奥に、赤い照明にほのかに照らされた妖しげな佇まい。
法善寺界隈に戦前まであった「待合」を意識して作ったという。


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Lady Jが大のお気に入りというバー【夕顔】。

劇場が並ぶ道頓堀の裏町で、一夜の愉しみを求め男女が密会し愛し合うような所があったと聞く。


 ▼バーから客室へ上がる階段を提灯の灯りがほんのり照らす
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法善寺界隈は色恋沙汰の絶えない場所だった。昭和の匂いがする狭くて急な階段を上がる。
そこは男女がひと時を過ごす場所を再現した部屋。


 ▼「夕顔」のマスター、鳶さん
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 ▼「夕顔」の客室
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76歳、最高齢の板前の大将が、法善寺に店を構えたのは昭和51年、40歳のとき。
昔ながらの風情を残す町で、夫婦二人じっくり腰を据えて商売がしたい。
そして、粋な料理人となって、この地に骨を埋めたい。そんな覚悟で36年間、店を育ててきた。


 ▼法善寺で最も豪快といわれる大将の料理。カラスミを強い酒であぶる
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こういう食べ方が一番カラスミに対して失礼じゃないわな。

余計な飾りを抜きに、いい食材を正々堂々、客に出す。それが大将の流儀。

自分でできる世界に飛び出さなあかん。

料理人を志したのは25歳の頃。それまで造船所で技術者として働いていた。


  ▼横丁で最年長、板前の大将
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「大会社、(以前なら)みな55歳で定年や。そのあと20年隠とん生活しとるわけや。そんなもん耐えられんわ。私はそれから青春、盛り返しとる。55から男の魅力、出してるもんな」

やっぱりこの町は裏切りがなかったね。

横丁との幸福な出合いが、ここを終の棲家にしてくれた。


 ▼さちのママ
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人恋しく、人なつっこい大阪人が作り上げてきた法善寺界隈。
夢や願いや欲望を、苔をまとったお不動さまが今日も見守っている。


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 【追加情報】


【夕顔】は千日前の魔窟「味園ユニバースビル」2階に【夕顔楼】という支店がありまして、
そこなんかはホント70年代の高円寺にあったお店の雰囲気です。
ユニバースビルの2階は「西のゴールデン街」という感じになってまして、
「新春シャンソン荘」などという絶対噛まずに言えないお店なんかもあったりします。

http://againstars.blog20.fc2.com/blog-entry-38.html←必見!




Thanks a lot, Lady J

by kzofigo | 2013-03-16 18:19 | マン・イーターズ