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やばく危険な香り

この映画をDVDで観たのは9月2日。感想を言葉にするのに1か月以上かかってしまった。
いまのところ今年観た映画のなかで『ブラック・スワン』『クレイジーズ』『愛する人』に並ぶ1本だ。


                                 ▼オリジナル版ポスターが渋いやばく危険な香り_b0137183_20165264.jpg
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1950年代。カントリー・ミュージックがよく似合う西テキサスの田舎町セントラルシティ。医者だった亡き父親の屋敷を相続し、ひとりで暮らす29歳のルー・フォード(ケイシー・アフレック)。彼は、銃も警棒もなしで、丸腰のまま保安官助手を務め、町一番の美人教師エイミー(ケイト・ハドソン)と婚約し、職務への忠実さや人当たりのよさで、年老いた保安官のボブ(トム・バウアー)からは厚い信頼を得て、住民からは親しまれている、善良でハンサムで、もの静かな好青年だ。

ある日、ルーは住民の苦情を伝えるために、町外れの一軒家に住む娼婦のジョイス(ジェシカ・アルバ)のもとへ向かう。そして、彼女と出会ったことで、長年眠っていた心の闇が目を覚ます。町を牛耳る建設業者チェスター(ネッド・ビーティ)を義兄の仇と狙う彼は、ジョイスを利用し復讐を遂げる。が、検事のハワード(サイモン・ベイカー)の追及や建設組合長のロスマン(イライアス・コティーズ)の干渉を受け、ほころびを繕うために殺人をくり返すことになり、心に巣食った病的な暴力癖をあらわにしていく…。


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異端のノワール作家として名高いジム・トンプスンが1952年に発表した『おれの中の殺し屋』。スタンリー・キューブリックやスティーヴン・キングが絶賛したこの犯罪小説を、ベルリン映画祭の常連マイケル・ウィンターボトム監督が果敢に映画化。非の打ちどころのない青年が内に秘めた殺意を爆発させていく衝動と、欲望に駆られて破滅へと向かう姿がクールなタッチで描かれている。

キャストを紹介するオープニングのデザインがフィフティーズらしくポップで格好いい。本編は、米国の画家エドワード・ホッパーが1942年に描いた、ハードボイルド映画のワンシーンのような絵、『夜更かしの人々』を実写化したみたいだ。「シリアル・キラー」(連続殺人者)が類型的な動機なしに人を殺していく点で『エンゼル・ハート』に似ている。『エンゼル・ハート』は湿度が高い。しかし、この映画はドライに徹している。


          ▼『夜更かしの人々』
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音楽へのこだわりが面白い。映画全体ではハードな内容と相反するような、のんびりとしたカントリー・ミュージックが頻出する。ジョイスは同じくカントリー。ルーはクラシック。オペラのアリアを聴きながら読書するのが彼の趣味で、クラシックが流れると「殺し」の匂いがする。エイミーが現われると美しいピアノの調べが流れる。BGMが人物像を反映していて上手い。


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フィルム・ノワールの手法にのっとり、一人称により語られる主人公の内なる叫びから、ルーの「殺し」は恨みや憎悪、不満が許容範囲を超えたものではなく、彼に本来備わっている精神が引き起こした結果であることを知る。しかし、いったいなぜ誰からも好かれる青年が、冷酷なシリアル・キラーに変貌してしまうのか。なぜ彼は理想的な女性たちとめぐり合ったのに、その愛を手に入れた途端、どうしようもなく暴力的な行動に走ってしまうのか。その疑念が不穏な波紋のように、穏やかだった水面にうねりとなって広がっていくのを止めることができない。

殺人者といっても、いわゆる「異常犯罪者もの」や「二重人格者もの」とは趣を異にし、主人公が抱える心の暗闇の理由は、はっきりとは明かされない。劇中では「義兄への恩義」や「父親の性癖」といったヒントが映し出されるが、それも垣間見られるだけだ。いっそルーがサイコパスならほっとできるのだが、それなりの良心と愛情を携えたこの青年は、奇妙なまでにリアルな存在感を漂わせ、観る者の胸をざわめかせ続ける。


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これは私見だが、ルーは女を幸せにする「体癖」(体液ではない)を持っているのではないか。ジョイスが一発のセックスでルーに心を奪われたのも、エイミーが慣れあいの間柄に不満をもらしながら実は心底ルーのことを愛しているのも、女がすべてを許してしまう、その体癖のせいではないだろうか。

しかし、不幸にも、自分を愛する者が現われると、ルーは次第にその関係性に耐えがたくなり、ある瞬間にすべてを破壊しなくては気が済まなくなるのだろう。相手と育んできた愛情、信頼関係、すべてを完全に破棄しようと暴力を行使する。彼は愛される自分を肯定できなかったのではないかという気がした。

ひょっとするとルー・フォードとは、幸福を切に願い追い求めるいっぽうで、ときに破滅的な衝動に駆られてしまう人間という矛盾を抱えた生き物の本質そのものなのかもしれない。


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フィルム・ノワールのスタイルを取りながら、ほとんどの事件が真っ昼間に行なわれる異色のノワール。50年代よりも、むしろ現代に生きていそうなルーの、どす黒い精神を抱えながら、淡々としたその生き方、殺し方に次第に魅力さえ感じるようになる自分が怖い。あまりにもさり気なく日常を逸脱していくので、観るほうが感情移入しすぎるとやばくなる。

静かに笑いながら愛する女を息の根が止まるまで殴打するルー。その頭と心が引き裂かれていくさまの甘美な陶酔感に酔い、魅入っている自分に気づきはっとし、「やばく危険な香り」がする禁断の犯罪映画、白昼の暗黒物語。傑作である。


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★★★★★

※過激な暴力シーンがあるのでDVなどにトラウマを持つ人にはお薦めしません。

by kzofigo | 2011-10-13 20:25 | ムービービーム