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天使のおやつ

あなたがいる場所  沢木耕太郎


沢木耕太郎の本を「いっちょ買うたろう」と思って購入したのは、確か『一瞬の夏』と『深夜特急』。

『一瞬の夏』の文庫は上下刊ともまだ本棚にあった。昭和59年、1984年に購入している。

僕は、本って、買ったら、それで読んだ気になってしまうのだ。

『一瞬の夏』は27年間、積読だ。今度の本は、沢木作品、初の完読ではないだろうか(拍手)。


    ▼昭和59年といえば、東京に出て2年目。三冠王を取ったブレーブスのブーマー・ウェルズを
     カープが日本シリーズで抑え込んだ年だ。阪急西宮球場は西宮北口にくっつくように建ってた。
     近所にふぐ料理屋があって親友Mと一か八かでふぐを食べたなあ。いっちょ読んでみるか
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さて、『彼らの流儀』をはじめノンフィクションの名手として知られる沢木耕太郎、初の短編小説集。

表紙を開くと、「バスを降りると、そこは」と書かれていて、次のページで本のタイトル

「あなたがいる場所」へと続き、そして年齢も生活環境も違う男女が主人公の九編の物語が始まる…。


両親の不仲やぱっとしない自分自身に女子高生が「ついてないな」と愚痴る『銃を撃つ』。

離婚した母親と暮らす小学生の少年が幼い「嘘つき」の女の子と出会う『迷子』。

バスで乗りあわせた女性の美しい髪に霞ヶ関の官僚が淫する『虹の髪』。

ピアノを弾くのが大好きな小学生の少女が両親の都合で引越しせざるを得なくなる『ピアノのある場所』。

預けている学童保育で娘が事故に遭った父親の怒りが「青く」燃える『天使のおやつ』。

60代の元・女性教師が不倫の末に結婚した夫の介護をしている『音符』。

理不尽なイジメに遭った中学生の少年が赤く染まったハトに救いの手を差し延べる『白い鳩』。

家庭教師の教え子の父親と恋愛をしている若い女性が神社で「別れ」を祈る『自分の神様』。

亡き妻に代わり老父が「遠く」で暮らす息子への贈りものを荷造りする『クリスマス・プレゼント』。


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東京の大きな駅からバスで20分くらい、著者にとって身近な町に住んでいるような人たちの物語だ。

ささやかな日々を生きる9人の老若男女は、

ありふれた日常のなかで、何かに気づき、何かを選び取っていく。

簡単なコースか困難な道か。彼らの誰もが容易ではないほうを選択する。


すると、普通に生きる彼らの周りで、不条理な出来事が巻き起こる。

その不条理を、作者は安易に解こうとはしない。

そこで彼らの胸に去来する、共感や苛立ち、昂ぶり、得心、自責、悔い、罪悪、愛情といった

感情の劇的瞬間こそが、本書の魅力だと思う。


静かに丹念に書き込まれた心理描写。この作家にしか醸し出せない清潔感。

それらを伴って、多くのノンフィクションで、孤独の深さと出会いの輝きを紡いできた著者だから描けた、

僕は下戸だが、マティーニで言えば極めてドライな味わいのある短編集だ。


一番、読みごたえのあった『天使のおやつ』は長編でも読みたいし、

ぜひスクリーンで観てみたい。


Wikipediaによると、沢木耕太郎は大学卒業後、富士銀行に入行するも、初出社の日に退社している。

当日、出社途中に信号待ちをしているときに退社を決めたそうだ。

僕の大学時代のアイドル・片岡義男も商社に入社したが、7月のある晴れた日に地下鉄の出口を出て

空を見上げたとき「もうダメだ」と思い、その日に退社願いを出して会社を辞め、

ひと夏を外房で過ごしている(彼はサーファーだ)。

組織への帰属意識がないところは彼らと共通してるんだけどなあ・・・

by kzofigo | 2011-05-26 12:05 | ミュージック・ブック