キャタピラー
キャタピラー(CATERPILLAR)
2010年公開/若松孝二監督

1940年、日中戦争で出征した黒川久蔵(大西信満)は、4年後に、思考は健常ながら、四肢を失い、頭は焼けただれ、耳と口がほとんど不自由な状態になって村に帰還した。その姿を「軍神」と讃えられ、旺盛な食欲と性欲を示す夫・久蔵久に、妻・シゲ子(寺島しのぶ)は嫌悪しながらも献身的に仕える。だが、中国での強姦と虐殺の記憶に苛まれる久蔵は、次第に精神を病み性欲も衰える。それとともに、暴力によって夫に支配されていたシゲ子の憎しみが頭をもたげてくる…。
辞書で「caterpillar」を引くと【戦車のキャタピラー】より前に【芋虫】という意味があるのを知った。Wikipediaによると、その名のとおり、江戸川乱歩の短編小説『芋虫』と『ジョニーは戦場へ行った』をモチーフに、戦争に翻弄された1組の夫婦の姿を通して戦争がもたらす愚かさと悲劇が描かれている…と書かれてある。「『芋虫』そのままだ」と指摘するレビューもあるので、丸尾末広が描いた漫画版『芋虫』で確かめようと思いAmasonで注文した。
まるで自主映画かと思わせるショボイ作りには驚いた。戦争シーンは記録映像に頼り切り、久蔵がフラッシュバックに陥る中国での加虐場面はまるでワイドショーの再現ビデオのようなお粗末さ、名の知られた俳優は寺島しのぶのみ…(ARATAがカメオまで行かないカメ出演している)。
ネット上にあった監督インタビューによると、予算がなく、撮影は12日間、ほとんど一発撮り、役者の送迎を監督自身が行なうこともあったという。それが若松組の流儀なのかもしれないが、お金のなさが雑で貧相な映像から見通せるのは、プロの仕事として首をかしげてしまう。
▼丸尾末広が漫画化した江戸川乱歩『芋虫』より

丸尾末広(まるおすえひろ)は、1956年1月28日長崎県生まれ。学年でいうと3コ上のほぼ同世代だ。「日本漫画界が世界に誇る魔神」と謳われているが、その存在を知らなかった。江戸川乱歩の『パノラマ島綺譚』完全漫画化作品で、2009年に手塚治虫文化賞新生賞を受賞している。楳図かずおと山本タカトの狭間で耽美にうごめくような、エログロアートなその「絵」には、抗えない魅力がある。
▼丸尾末広オフィシャルサイト
http://www.maruojigoku.com/index.html
これは反戦映画なのだろうか?
食欲と性欲に明け暮れる「肉のカタマリ」と成り果てた久蔵の無残な姿。それと同時に、久蔵に授けられた、昭和天皇と皇后の御真影や勲章、勲功を讃える新聞記事が、これでもかと写し出される。
その対比は、「お上」が大本営発表でいくら虚偽・煽動しても、結局、国民にとっては劣悪さを増す「食べて、寝て」のくり返しが精一杯。良い目を見るのは「軍神・芋虫」のほうで、また、本当の意味で自由を奪われたのは、芋虫の姿で戻って来た夫ではなく、実は「軍神の妻」のほうだという皮肉からは、確かに、天皇の戦争責任を明確に問う、若松監督の男気に満ちた反権力の姿勢が伝わってくる。
権力に護られた久蔵の食欲と性欲、とくに執拗な性欲に応えていたシゲ子が、久蔵の介護を続けながら次第に欲望に目覚め、「軍神」としての姿を村民にさらした「ご褒美」と称し、自らの性欲を満たす道具として久蔵とまぐわうようになる。この時点で、暴力によって支配下にあったシゲ子と久蔵の立場が逆転する。
そして迎えた昭和20年8月15日…。権力が力を失ったとき、何が起きるか。戦争と権力を通じて、暴力と支配欲、そして自尊心の逆転するさま。人間の業の理不尽さ、それこそが、若松監督の描きたかったもの。自分にはそう思えた。
主題歌は元ちとせが歌う、『死んだ女の子』。初めて聴く人はショッキングかもしれないが、この曲は2006年にリリースされた元ちとせのアルバム『ハナダイロ』に収録されている。諍いの絶えない世界に対し「平和と調和」を訴えかけ、その恒常性を受け継いでいかなければというメッセージが貫かれた、素晴らしいコンセプト・アルバムだ。
▼アルバム『ハナダイロ』

シゲ子役に脱ぎっぷりのよい演技で挑んだ寺島しのぶは、第60回ベルリン国際映画祭で、日本人女優としては1964年の左幸子(『にっぽん昆虫記』)、1975年の田中絹代(『サンダカン八番娼館 望郷』)以来、35年ぶり3人目の銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞している。
四肢を失った人を起用しているとしか見えない久蔵を演じた、健常者の大西信満。彼の肉体的に非常に過酷だったろうと思わせる激演にも労いの声をかけたい。
昔は住民に疎まれもせず、町内にひとりはいた、頭のイカレタおっさん役のクマさん(篠原勝之)。戦時中の録音テープからノイズを除去したものと信じて疑わなかった「ラジオの声」小倉一郎の秀逸なナレーション。個人的には、この2つが愉快だった。
原爆のキノコ雲といった記録映像をバックに、戦死者数など具体的な数字を映画の惹句のように大仰に示し、戦争の悲惨さをストレートに訴えながら映画はエンディングを迎える。せっかく小倉一郎がいい仕事をしてるんだから、彼のナレーションで静かに訴える手もあったのでは?
『キャタピラー』は、【2010キネマ旬報ベストテン6位】にランクインし、【「映画芸術」誌が選ぶ2010年ワーストテン】で『告白』に次いで第2位にランクされている。僕は「映画芸術」を支持する。
おすすめ度★★☆☆☆
by kzofigo | 2011-04-16 16:46 | ムービービーム























