息もできない
このDVDを観よ!!
息もできない (2008年製作/韓国映画)
俳優として活躍してきたヤン・イクチュン、32歳にして初の長編監督作品。製作・編集を手がけているうえに、「自分は家族との間に問題を抱えてきた。このもどかしさを抱えたままでは、この先、生きていけないと思った。すべてを吐き出したかった」と思いのたけを脚本にぶつけ、ありったけの感情を注ぎ込んで主人公サンフンを自ら演じている。
借金回収屋のサンフンは母と妹を殺めた父を激しく憎み、人に対して罵詈雑言と暴力でしかコミュニケートできないでいた。ある日、自分を恐れないどころか、生意気な態度でやり返してくる勝気な女子高生ヨニと出会い、奇妙なつきあいがはじまる。ヨニもまた認知症の父と素行の悪い弟ヨンジェのことで悩みながら生きている。互いの境遇に立ち入らないまま引かれあう2人だったが、ヨニの弟と知らずにサンフンがヨンジェと仕事をするのをきっかけに、彼らの思いをよそに運命の歯車が軋みながら動きはじめる…。
肉親に愛されたことがなく、成長してもなお、ささくれ立った心を持て余し、暴力の衝動を抑えきれないサンフンをはじめ、男は女を、夫は妻を、チンピラは学生を、息子は父を、取り立て屋は借り手を殴る。韓国の家族が経験しなければならなかった歴史の哀しみまでもが深く流れるなか、社会の底辺で生きる人間たちの殺伐とした容赦ない暴力の連鎖が続き、観ていて絶望感に襲われるが、やがて現在の不幸をもたらした辛い過去が浮かび上がってくる。
物語がすすむにつれて、暴力描写は決して得られない家族愛への叫びに思えてくる。家族という逃れられないしがらみのなかで生きてきた2人。父への怒りと憎しみを抱いて生きるサンフンと、傷ついた心をひたすら隠して生きるヨニ。心の深いところで同じ痛みを分かちあう2人の魂は、漢江の岸辺で涙を流すだけで十分に通じあい結びつく。「教えてくれよ、女子高生。どう生きりゃいい?」「これからは私のために生きて。幸せになれるよ」。それはいままで見えなかった明日へのきっかけになるはずだった。
触れるだけで傷を負わされそうな殺気を漂わせていたサンフンが、ヨニとの間に生まれた不思議な共感を通じて、やさしさを取り戻し、自分の弱さを見せはじめた途端に隙ができ、皮肉にも決定的な悲劇が訪れる。ヨンジェにサンフンの痕跡を見つけ、あきらめにも似た視線を送るヨニの表情がやるせない。
ヤン・イクチュンは、「物語はフィクションでも、映画のなかの感情に1%の嘘もない」と語る。資金難で彼は家を抵当に入れてまでして作品を完成させた。映像からほとばしる、従来の常識をぶち破ろうとする異常なまでのパワーに圧倒された。
第10回東京フィルメックス、最優秀作品賞&観客賞ダブル受賞。
崔洋一や北野武、井筒和幸やその舎弟の阪本順治、そして三池崇史や若松孝二など、バイオレンスを得意とする日本の監督たちが、この作品をどう観たか知りたいところだ。サンフンの刃(やいば)のような存在感を持った登場人物を日本映画に探すと…『隣人13号』の新井浩文か『GONIN』のぶち切れたサラリーマンやヤクザの三下役をやっている竹中直人ぐらいしか思いつかない。
『チェイサー』、『母なる証明』、『渇き』、そして『息もできない』。2010年に観たDVDランキングの上位は韓国映画で占められそうだ。
おすすめ度★★★★★
息もできない (2008年製作/韓国映画)
俳優として活躍してきたヤン・イクチュン、32歳にして初の長編監督作品。製作・編集を手がけているうえに、「自分は家族との間に問題を抱えてきた。このもどかしさを抱えたままでは、この先、生きていけないと思った。すべてを吐き出したかった」と思いのたけを脚本にぶつけ、ありったけの感情を注ぎ込んで主人公サンフンを自ら演じている。
借金回収屋のサンフンは母と妹を殺めた父を激しく憎み、人に対して罵詈雑言と暴力でしかコミュニケートできないでいた。ある日、自分を恐れないどころか、生意気な態度でやり返してくる勝気な女子高生ヨニと出会い、奇妙なつきあいがはじまる。ヨニもまた認知症の父と素行の悪い弟ヨンジェのことで悩みながら生きている。互いの境遇に立ち入らないまま引かれあう2人だったが、ヨニの弟と知らずにサンフンがヨンジェと仕事をするのをきっかけに、彼らの思いをよそに運命の歯車が軋みながら動きはじめる…。
肉親に愛されたことがなく、成長してもなお、ささくれ立った心を持て余し、暴力の衝動を抑えきれないサンフンをはじめ、男は女を、夫は妻を、チンピラは学生を、息子は父を、取り立て屋は借り手を殴る。韓国の家族が経験しなければならなかった歴史の哀しみまでもが深く流れるなか、社会の底辺で生きる人間たちの殺伐とした容赦ない暴力の連鎖が続き、観ていて絶望感に襲われるが、やがて現在の不幸をもたらした辛い過去が浮かび上がってくる。
物語がすすむにつれて、暴力描写は決して得られない家族愛への叫びに思えてくる。家族という逃れられないしがらみのなかで生きてきた2人。父への怒りと憎しみを抱いて生きるサンフンと、傷ついた心をひたすら隠して生きるヨニ。心の深いところで同じ痛みを分かちあう2人の魂は、漢江の岸辺で涙を流すだけで十分に通じあい結びつく。「教えてくれよ、女子高生。どう生きりゃいい?」「これからは私のために生きて。幸せになれるよ」。それはいままで見えなかった明日へのきっかけになるはずだった。
触れるだけで傷を負わされそうな殺気を漂わせていたサンフンが、ヨニとの間に生まれた不思議な共感を通じて、やさしさを取り戻し、自分の弱さを見せはじめた途端に隙ができ、皮肉にも決定的な悲劇が訪れる。ヨンジェにサンフンの痕跡を見つけ、あきらめにも似た視線を送るヨニの表情がやるせない。
ヤン・イクチュンは、「物語はフィクションでも、映画のなかの感情に1%の嘘もない」と語る。資金難で彼は家を抵当に入れてまでして作品を完成させた。映像からほとばしる、従来の常識をぶち破ろうとする異常なまでのパワーに圧倒された。
第10回東京フィルメックス、最優秀作品賞&観客賞ダブル受賞。
崔洋一や北野武、井筒和幸やその舎弟の阪本順治、そして三池崇史や若松孝二など、バイオレンスを得意とする日本の監督たちが、この作品をどう観たか知りたいところだ。サンフンの刃(やいば)のような存在感を持った登場人物を日本映画に探すと…『隣人13号』の新井浩文か『GONIN』のぶち切れたサラリーマンやヤクザの三下役をやっている竹中直人ぐらいしか思いつかない。
『チェイサー』、『母なる証明』、『渇き』、そして『息もできない』。2010年に観たDVDランキングの上位は韓国映画で占められそうだ。
おすすめ度★★★★★
by kzofigo | 2010-12-17 16:27 | ムービービーム