頑張れよ! よしきた!

生誕百年の区切りに、太宰治小説の映画化が喧しいが、あまり観る気になれない。太宰治、興味ないし。『ヴィヨンの妻』は監督が根岸吉太郎だったんで観たけど、開始30分で観る気が失せた。
しかし、『パンドラの匣(はこ)』は、2009年・第83回キネマ旬報ベストテン【個人賞】で川上未映子が新人女優賞を受賞。おまけに、音楽が菊地成孔じゃないか。
で、観たというわけさ。
【パンドラの匣】
1945年。終戦の年、“新しい男”に生まれ変わろうと意を決した利助(染谷将太)だったが、吐血してしまい、結核じゃー!となり、ひょんなげな療養施設の健康道場に入寮する。屈伸鍛練や摩擦など風変わりな治療法を実践するこの道場では、患者や看護婦が互いをあだ名で呼び合うのが習わしで、利助は「ひばり」と呼ばれ、看護婦の「竹さん」(川上未映子)や「マア坊」(仲里依紗)、患者仲間たち(ふかわりょう、ほか)との日々を、利助は退寮した友人「つくし」(窪塚洋介)に宛てた手紙に綴るのだった…。
以前のDVDレビューで星ひとつだった『パビリオン山椒魚』で長編デビューした冨永昌敬監督の新作。「あらゆる不幸が世界に蔓延しても、たったひとつの小さな希望の石ころが残る」…そんなギリシャ神話をもとにして、絶望的な状況にあっても希望を抱いて生きようとする主人公の少年がしたためる、手紙で綴られた青春ドラマ。
2作目は面白いかなと微かに期待したが、そんなでもなかった。主人公は利助=ひばりであるはずなのに、結局、「竹さん」と「つくし」の話にすり替わっているうえに、物語の進み具合が起伏に欠けて盛り上がりを見せない。「ロケットマン」こと「ふかわりょう」こと「フニオチ太郎」が、休憩時間に文句たらたらだったに違いない、どうにもこうにも腑に落ちない話だった。
魅力を挙げるとするならば、看護婦「やっとるか」⇒患者「やっとるぞ」⇒看護婦「頑張れよ」⇒患者「よしきた」…という日常的にあちこちで交わされる合言葉や、塾長ミッキー・カーチスの塾内放送を通じて流される訓話が楽しい。“新しい男”になると意気込みながら、新しさの定義に頭を悩ます軟弱なインテリ「ひばり」ならではのボケ味などは、かなり自虐的なユーモアが利いていて面白いのだが。また、窪塚洋介の「窪塚らしい」演技を観ることができるぞ。


川上未映子のキャスティングがこの映画の最大の功績だ。この人の大阪弁は聞いてるだけで気持ちいい。映画初出演とは思えない達者な演技、憂いを含んだ表情やニュアンスに富んだセリフ回しなど手慣れたものだ。逆に、金歯がチャームポイントの「マア坊」こと仲里依紗は、彼女の小悪魔的な魅力がこの物語には欠かせないことは分かるが、終戦当時にこんな現代的でふくよかな“おなご”はおらへんて。僕なら吉高由里子を推す。
菊地成孔は、『パビリオン山椒魚』に比べれば、彼の音楽が映画に占める割合は数段アップしていて、やれやれだ。弦楽曲と彼のヴォーカルを主としたメロディメイクとアレンジが、この映画をそこそこの文芸作品へと導いているのは間違いない。
アッと驚いたのは、全編アフレコであること。小栗康平監督の『死の棘』をめざしたのだろうか。しかし、アフレコの利点を大いに生かして、多重録音や声のパッチワークによってセリフで遊んでいる。これは、鈴木清順に0.1歩ほど近づいたクリエイティブとして評価できるんじゃないかと思った。
冨永昌敬監督、次作に大いに期待である。
★★★☆☆
by kzofigo | 2010-08-21 20:41 | ムービービーム























