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ニシン来たかとカモメに問えば     

岡山市在住の写真家・尾上(おのうえ)太一氏が、
写真集『北前船 鰊(にしん)海道3000キロ』を出版した。

「北前船(きたまえぶね)」とは18世紀後半から明治時代にかけて
北海道と大阪を日本海廻りで往復していた北国の買積を主体とした帆船のこと。

先祖代々が倉敷市玉島の肥料問屋。
肥料の原料として北前船が運んだニシンを収めた「鰊蔵」も残る。
司馬遼太郎の小説『菜の花の沖』にもふれて北前船への興味が高まった著者は、
1998年から撮影を開始する。


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礼文から始まり江差・酒田・福浦・橋立・小浜・美保関・温泉津・御手洗・大阪をはじめ
日本各地42か所で取材・撮影した黒と白とグレーの色調と構図に優れた美しいモノクロ写真が
北前船の栄華の残像を追っている。

輪島・角海家(かどみけ)の蔵の鍵や北前船の里村である橋立に現在も残る
船主の屋敷や資料館など日本家屋の凛とした存在感と対峙した写真も興味深いが、
龍飛崎から津軽海峡を、美保関から大山を、室積から周防灘をそれぞれ望んだものなど
空と海と大地の写真が圧倒的だ。

写真の南下に沿って挟まれる、北前船やニシン漁に対する
深い愛情が伝わってくるエッセイも読みごたえ十分だ。

著者による地名と撮影の年月日が記された丁寧な写真解説のおかげで
写真の向こうに横たわる歴史的な背景にも思いを馳せることができる。


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個人的には…

●「浜益の浜に残る番屋」
●「利尻島の浜に放置された番屋」
●「遠く離れて思うは美しい貴女事ばかり(原文まま)」と書かれた
 「利尻島・番屋内部の漁夫の落書き」

…がとくに印象深い。

かつて物流の大動脈として日本経済の根底を支え
明治の末には役割を終え歴史の舞台から静かに降りていった北前船。
失われた「海の道」の記憶を抑制の利いたモノクロームで蘇えらせた骨太の写真集だ。

北前船の往時の活躍や雰囲気に触れて、
紹介されている土地を訪ね歩いてみたいと思った。


◆響文社 2940円

by kzofigo | 2010-08-25 01:34 | ミュージック・ブック