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15年目の1・17     

東京時代のコピーライター仲間で、現在は作詞家として、
『感謝』 (平原綾香)や 『東京、宵町草。』 (前田有紀)、『再愛』 (堀内孝雄)、
『遠い恋人』 (藤本美貴)、『チグソエ地球の空の下で』 (歌・作曲/ユ・ヘジュン)、
『コイシテイルカ』 (歌/さかなクン)、『ケロッ!とマーチ』 など、
J-POPやラヴバラードからアニメ、キッズソングまで、幅広く活躍している
もりちよこさんから【もりちよこより、阪神大震災15年に寄せて。】と題されたメールが届きました。




1995年1月17日午前5時46分、岡山は震度4だった。
ドーン!グラグラッときた瞬間、僕は反射的に、
まだ生後10か月の0歳児だった娘に覆いかぶさっていた。
その娘が現在15歳で大禍なく過ごさせてもらっている。
死者が6,434名におよんだあの震災から15年が経ったのだ。


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もりちよこさんの許可を得て、ここにメールを転載します。


もりちよこより、阪神大震災15年に寄せて。


阪神大震災から、早15年が経とうとしています。
当時14歳だった姪、中北百合(姉夫婦の長女)も天国に帰りました。
あの時、助けてくださった皆様のあたたかなお心は、忘れることができません。


今も深く胸に焼きついた出来事があります。
避難所だった大社小学校にやっと給水車が来たときのことです。
図書室に安置されている百合の枕元に供えるお水だけでもと、
どうにか手に入れたお惣菜の空パッケージを手にして、長い列に並んでいました。

すると、後ろのおじさんが、
「そんな小さいの、役に立たへんやろう。これを使いなさい」と、
ふたつしかないご自分の空きペットボトルを、ひとつ差し出されたのです。

お水が欲しくても、ない。
お水を入れる容器さえもない。
どんなにか大切なペットボトルだったでしょうに、見ず知らずの私にくださったのです。

あれから15年。
心を寄せ合い、助け合いながら苦難を乗り越えて来られた、
阪神・淡路のすべての皆さんに、私は敬意を払いたいと思います。


私事で恐縮ですが。私は姉家族も尊敬します。
何もかもを失いながらも、いつも前向きに生きてきたからです。

姉は昨年、百合の生きた14年と、
百合が亡くなってからの14年という節目を迎え、大学受験に挑戦しました。

絶望のどん底から今日まで来られたのは、
心を通い合わせることのできる方々との出会いがあったからでしょう。
そして、それはきっと、“百合の贈りもの”だったのだと思います。


このたび、読売テレビのディレクターさんが、
姉家族との長い交流を通して、ひとつの番組を制作されました。
深夜の放送になりますが、ご覧いただければと思い、ご案内いたします。


◆NNNドキュメント’10
「百合の贈りもの~阪神大震災15年の軌跡~」


2010年1月17日(日) 深夜24:50~25:20 
日本テレビ系列全国ネット放送
(録画する場合の設定は18(月)0:50~1:20になります)


【NNNドキュメント】は、1970年から放送を開始。
日本のドキュメンタリー番組としては長寿を誇っている。
キー局だけでなく、毎週各地域の局が、制作局の特性を生かした内容を特集。
スクープや速報性を追わず、派手さを極力排した、硬派で良質の番組だ。


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     ▲1999年には産経新聞記者と中北家の共著で「語りの書」が編まれた


折しも、世界最貧国ともいわれるハイチでM7の大地震が起きたところだ。
西インド諸島から送られてくる映像を見ていると、
何とかしてやれないものかと焦燥感に苛まれる。

国力の差があるにせよ、住民レベルでは15年前の神戸や淡路も同じ状況だった。
中北家のみなさんをはじめ、震災で最愛の家族を失った人たちが、
どんな思いでこの15年を過ごしてきたのか。

悲しみを力に。

そう自分に言い聞かせ、自分を奮い立たせてきた人たちの、今を生きる姿を通じて、
阪神淡路大震災とその後の15年間で揺れ動いた絶望と希望のみちすじに、
もう一度、真摯な気持ちで向きあってみたい。

by kzofigo | 2010-01-16 04:12 | 家族の友