娘、帰る
正月の2日・3日、元カミサンの再婚を機に東京へ行ってしまった娘が、実家に泊まりに来てくれた。
いやっほー!
自宅から徒歩5分と朝がラクチンな都立高校に通う高1の娘は、お弁当を自分で作るような、今どきよくできた子。茶髪・私服OK、上履きへの落書きOK(笑)の自由な校風のもと、のびのびと(これから死語を2連発するのでエンガチョを忘れずに)コギャルの青春を謳歌しているようだ。
中3で170センチに達していた身長は、172センチになっていた。ヒールの高いブーツを履くと、浅野忠信や瑛太・児玉清・佐藤隆太・山本耕史・有野晋哉(よゐこ)らと同じ身長の自分と並んで歩いても、顔の位置が同じなのに驚く。
それにしても、あとから生まれてくる人ほど小顔なのは何故なんだろう? それが人類の進化なの?ミスター・ダーウィン。まあ中身の詰まり具合がJIS規格外だけに諦めざるを得ないのだが、自分など頭囲が黒谷友香のウエストサイズを上回る61センチあり、ハンチングやキャスケットなどは北海道・旭川の帽子店から取り寄せだ。
▼喜久味本店のうな丼

それは兎も角、2日の夜は倉敷・阿知2丁目の「喜久味本店」でうなぎを、3日の昼は本町通り東外れの「KuKu」(クークー)で自家製スパイスカレーを、娘と両親と仲良く美味しくいただいた。
▼喜久味本店・外観(photo by 娘)

「KuKu」は、僕が大学生だった頃はインド・カフェの走り「伽奈泥庵」(←漢字うろ覚え/かなでぃあん)として有名な店だった。この店で生まれて初めてチャイを飲み、お腹をこわしてしまったことを、つい30年前のことのように覚えている。
▼娘はうな丼と一緒に、1個がでかいカニコロを頼んだ

娘が外食後、実家に帰ってもポテトチップスをバリバリ食べているのを見て、オヤジが半ば呆れ気味に「そういうお菓子は卒業じゃろう」とツッコむと、娘はみごとな東京なまりの岡山弁で「何を言っとるん。わたしのポテチ・ライフは始まったばっかりじゃが」と言い返した。「ポテチ」と「じゃが」をかけるとは、娘も腕を上げたものだ。よしよし荒川。
▼娘は「ひよこだ」と言い張るが、金髪の原始人にしか見えないストラップ

娘はダンス部に所属していて、マイケル・ジャクソン(MJ)の「スリラー」を練習中だそうだ。以前、このブログに書いたと思うのだが、僕にとっても「スリラー」は、日本でも大ヒット中の1984年当時、バイトをしていた会社の新入社員歓迎芸能大会でMJ役を踊り、準主演賞の栄冠に輝いた思い出のダンス・チューンだ。四半世紀に及ぶ親子の時の隔たりを、ダンスがつないでくれて、思わぬところで
MJに感謝!
いやっほー!
自宅から徒歩5分と朝がラクチンな都立高校に通う高1の娘は、お弁当を自分で作るような、今どきよくできた子。茶髪・私服OK、上履きへの落書きOK(笑)の自由な校風のもと、のびのびと(これから死語を2連発するのでエンガチョを忘れずに)コギャルの青春を謳歌しているようだ。
中3で170センチに達していた身長は、172センチになっていた。ヒールの高いブーツを履くと、浅野忠信や瑛太・児玉清・佐藤隆太・山本耕史・有野晋哉(よゐこ)らと同じ身長の自分と並んで歩いても、顔の位置が同じなのに驚く。
それにしても、あとから生まれてくる人ほど小顔なのは何故なんだろう? それが人類の進化なの?ミスター・ダーウィン。まあ中身の詰まり具合がJIS規格外だけに諦めざるを得ないのだが、自分など頭囲が黒谷友香のウエストサイズを上回る61センチあり、ハンチングやキャスケットなどは北海道・旭川の帽子店から取り寄せだ。
▼喜久味本店のうな丼

それは兎も角、2日の夜は倉敷・阿知2丁目の「喜久味本店」でうなぎを、3日の昼は本町通り東外れの「KuKu」(クークー)で自家製スパイスカレーを、娘と両親と仲良く美味しくいただいた。
▼喜久味本店・外観(photo by 娘)

「KuKu」は、僕が大学生だった頃はインド・カフェの走り「伽奈泥庵」(←漢字うろ覚え/かなでぃあん)として有名な店だった。この店で生まれて初めてチャイを飲み、お腹をこわしてしまったことを、つい30年前のことのように覚えている。
▼娘はうな丼と一緒に、1個がでかいカニコロを頼んだ

娘が外食後、実家に帰ってもポテトチップスをバリバリ食べているのを見て、オヤジが半ば呆れ気味に「そういうお菓子は卒業じゃろう」とツッコむと、娘はみごとな東京なまりの岡山弁で「何を言っとるん。わたしのポテチ・ライフは始まったばっかりじゃが」と言い返した。「ポテチ」と「じゃが」をかけるとは、娘も腕を上げたものだ。よしよし荒川。
▼娘は「ひよこだ」と言い張るが、金髪の原始人にしか見えないストラップ

娘はダンス部に所属していて、マイケル・ジャクソン(MJ)の「スリラー」を練習中だそうだ。以前、このブログに書いたと思うのだが、僕にとっても「スリラー」は、日本でも大ヒット中の1984年当時、バイトをしていた会社の新入社員歓迎芸能大会でMJ役を踊り、準主演賞の栄冠に輝いた思い出のダンス・チューンだ。四半世紀に及ぶ親子の時の隔たりを、ダンスがつないでくれて、思わぬところで
MJに感謝!
by kzofigo | 2010-01-05 17:40 | 家族の友























