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ジョンたられば     

YOU TUBEで「ライヴエイド・イン・ロンドン」を見ながら考えていた。

もしも、1980年に凶弾に倒れたジョン・レノンが1985年に生きていたとして、
「ライヴエイド」出演のオファーが来たら、出ていたか、否か?
出るとしたら、ロンドン会場か、フィラデルフィア会場か?

ロンドン会場の大トリはポール・マッカートニーだった。

クラプトン、フィル・コリンズ、ツェッペリン、デュラン・デュラン、ストーンズといった
ビッグネームは英国勢ながらフィラデルフィア会場に出演している。

フィル・コリンズに至っては、ロンドン会場に出演したあと、コンコルドでアメリカに渡り、
フィラデルフィア会場にも出演、クラプトンのバックで太鼓を叩き、ツェッペリンとも共演している。

当然のことながら、ロンドンでは 『ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス?』 が、
フィラデルフィアでは 『ウィ・アー・ザ・ワールド』 が最後に大合唱された。

腑に落ちないのは、「We Are The World」の中心人物である
ライオネル・リッチーとハリー・ベラフォンテが参加しているのに、
マイケル・ジャクソンと慈善活動家であるはずのステーヴィー・ワンダーが
参加していないことだ。


▼ロンドンでのフィナーレが下の映像




◎ロンドン会場の主な出演者

ステイタス・クオー/ザ・スタイル・カウンシル/ブームタウン・ラッツ/アダム・アント/
ウルトラヴォックス/スパンダー・バレエ/エルヴィス・コステロ/ニック・カーショウ/
シャーデー/スティング/フィル・コリンズ/ハワード・ジョーンズ/ブライアン・フェリー/
デヴィッド・ギルモア/ポール・ヤング/アリソン・モイエ/U2/ダイアー・ストレイツ/
クイーン/デヴィッド・ボウイ/ザ・フー/エルトン・ジョン/ キキ・ディー/ワム!/
フレディ・マーキュリー&ブライアン・メイ/ポール・マッカートニー

(資料はすべてWikipediaより)


いやはや、なんとも、すごいメンバーだ。


さて、である。

もしも、ジョン・レノンが1985年に生きていて、
「ライヴエイド」出演のオファーが来たら、出ていたか、それとも否か?
出るとしたら、ロンドン会場か、フィラデルフィア会場か?
そして何を歌っただろう?


僕の考えはこうだ。

出るとしたら会場はフィラデルフィアに決まっている。
1980年当時、ダコタハウスに住み生活の基盤をニューヨークに置いていた。
ロンドンに出ることなれば、必ずポールとの共演を強いられるだろう。
それは、まっぴらごめんだ。

ジョンは出演を断るだろう。ていうか、ライヴエイド自体に興味がないと思う。
乱痴気騒ぎに明け暮れた70年代前半、ハウスハズバンドに徹した70年代後半。
そして 『ダブル・ファンタジー』 で再スタートした80年代。その5年後。

スピリットがあってナンボのミュージシャン、ジョン・レノンは、
サウンド重視のミュージック・シーンに、ほとほと嫌気がさしていた。
45歳にして隠とん生活に入る、である。

ここからは僕の希望的妄想。

ジョンはライヴエイドの件をヨーコに一任する。
ライヴエイドはオーストラリア、西ドイツ、日本、ソ連、ユーゴスラヴィア、ノルウェーでも
協賛開催され、日本からは次のミュージシャンが出演した(これは事実)。

オフコース/矢沢永吉/ラウドネス/佐野元春
CHAGE and ASKA/さだまさし/南こうせつ/イルカ/
谷村新司/長渕剛/HOUND DOG/ラッツ&スターほか

1行目の4組はライヴ映像が全世界に中継されている。

ヨーコはクワタケイスケという洒落が分かる男に注目する。
クワタがジョンになりすまし、日本でライヴを行なうと発表。


▼ジャパン・ライヴでジョン・クワタが歌った曲は、これだ




世界はジョンの魂に打たれ、フィラデルフィア会場では、
『We Are The World』 がフィナーレを飾る予定だったが、
観衆が次々と 『パワー・トゥ・ザ・ピープル』 『ハッピー・クリスマス(ウォー・イズ・オーヴァー)』
『ギヴ・ピース・ア・チャンス』 を歌い、最後は世界の全会場が一斉に 『イマジン』 を大合唱。
ライヴエイドは最高潮の盛り上がりのうちに大団円を迎える。

このときの体験でチャリティの重要さに目覚めたクワタは、
のちに「AAA」(アクト・アゲインスト・エイズ)という慈善活動を立ち上げる。


▼で、こんなことになっちゃったりするのである





失礼すました。

by kzofigo | 2009-12-25 16:47 | ミュージック・ブック