『ディア・ドクター』を観てきた

『蛇イチゴ』(←これ観てない気がする)『ゆれる』の西川美和監督の最新作『ディア・ドクター』を観に【TOHOシネマズ岡南】へ行って来た。夜9:30からの回でレイトショーだから1200円、キャパ約100人のおよそ半分の入り。高齢者グループや初老カップルの姿もチラホラ見受けられた。
こういうオトナ向けの映画はレイトショーに限る。道は空いてるし、映画観たあと実家に帰ったのだが、通常40分はかかるのに、空いてる国道2号線バイパスを流れに乗って飛ばしたら、30分かからなくて、言うこと梨田昌孝。
さて、西川美和監督が、僻地(へきち)医療を題材に描いた映画は、素晴らしいという以上に、やっぱり凄い人間ドラマだった。

あらすじ/都会の医大を出た若い研修医・相馬(瑛太)が赴任してきた山あいの過疎地の村には、中年医師の伊野(笑福亭鶴瓶)と看護師の大竹(余貴美子)がいるだけ。村でただひとりの医師・伊野は、高血圧から痴呆老人の話し相手まで一手に引き受け、村民から大きな信頼を寄せられていた。ある日、ひとり暮らしの未亡人・かづ子(八千草薫)から頼まれた嘘を突きとおすことから、伊野自身が抱えいたある秘密が明らかになっていく…。
映画は伊野が疾走したところから始まり、緑の棚田に囲まれた、山あいの「小さな村で起きた大きな事件」のてん末を、2人の刑事の捜査場面でフラッシュバックしながら、時にユーモラスに、時にシリアスに紡ぎあげていく。
西川美和監督の研ぎ澄まされた心理描写と腰の据わったストーリーテリングの手腕は、前作同様に冴えわたる。僻地における医者不足という現実的な問題に切り込みつつ、そこで暮らしを営む人々がはらむおかしさ、愚かさ、そして愛おしさに深く寄り添う眼差しによって、物事の二面性を鋭くとらえ「白と黒には決して塗り分けられない世界」を生々しく浮き彫りにする。心の奥底を強く揺さぶりながら、観終わったあとには温かな気持ちで満たされる。
日本の山村をシンボライズしたような自然の風景をカメラが実に美しく切り撮っている。青く伸びた稲穂がいっせいに風にそよぐシーンは、柳町光男監督の『さらば愛しき大地』で、シャブを打った根津甚八が稲田を眺めるシーンを思い出させた。西川監督も柳町監督のように、いい映画だけを作り続けるフィルムメーカーになりつつあってうれしい。

中村勘三郎が「監督のセンスに惹かれて」オファーを受けたように、この映画でまた、西川作品への出演を希望する演技派の俳優たちが増えるだろう。エキセントリックな演技や役者の持ち味が覆るような映画が跋扈(ばっこ)する昨今、西川作品では俳優本来の内容が問われる本格的な芝居で勝負できるからだ。
主役の笑福亭鶴瓶をはじめ、インターンの瑛太、看護師の余貴美子、村長の笹野高史、刑事の岩松了と松重豊のデコボコ・コンビ(ふせえりを足すと三木聡の世界になるが、そんな余地はまったくなし)、製薬会社の営業マン・香川照之(今や日本を代表する演技派だ)、そして物語のカギを握る八千草薫とその娘で医療スタッフの井川遥。カメオ出演的な中村勘三郎も含め、それぞれが自分の役に真摯にアプローチした、緊迫感あふれる演技も見どころ。
この映画を取り上げたテレビ番組で鶴瓶が「井川遥はもっとうまない思てたんや。ほんで一緒にやったら、これがうまいんや」と感心していたように、確かに井川遥が素晴らしかった。この作品で演技開眼したのでは? 熟れた女を感じさせるゾクッとするような表情を見せてくれるシーンもあった。

『ゆれる』でもそうだったが、ずぶずぶにもつれまくっていた気持ちが一瞬ほぐれる感情を絶妙に表現したラストへと向かって物語を作り込んでいく西川監督のラストシーンにこだわった作風は大好きだ。また、セリフに頼らず、表情の変化や所作で、男優の心理を描写し、女優の内面的な魅力を写し撮るのに長けていることも。
西川監督は乗り物の使い方もうまい。『ゆれる』ではオダギリジョーの乗る旧車とラストシーンのバス。この映画では瑛太の赤い車と鶴瓶の単車、そして電車が効果的に使われていた。
ここ数年の日本映画の隆盛はアニメ作品のメガヒットがもたらしたものだろう。本人に自覚があるかどうかは分からないが、オリジナルの原作・脚本による実写作品を自分で演出する西川監督は、日本映画の再構築という難事業に、その並々ならぬ力量で立ち向かっていると勝手にヒロイン視している。
映画好きを自認するなら、彼女の作品を観落としては罰ゲームものだ。カンヌに好かれている河瀬直美監督とあわせて(←作品は1本も観てないが…汗)、才能ある女性フィルムメーカーと同時代を生きる幸運にTHANKS!

『きのうの神さま』(ポプラ社刊)が直木賞にノミネート!
前作は映画のアナザーストーリーとして出色の出来ばえで、三島由紀夫賞の候補になった小説も凄かった。今回、映画に先がけて刊行された原作本も早く読みたい。オダギリジョーが嫉妬したのも、ますますうなづける。何度でも言うぞ、知的でキュートな美しさをたたえた、本当にえらい才能が現われたものだ。
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『ゆれる』は香川照之とオダギリジョーによって痛々しいまでに描かれた兄弟の愛憎劇だった。『ディア・ドクター』は、人は誰もが何かになりすまして生きている…ジャクソン・ブラウンが『プリテンダー』で歌っているテーマだ…ひとつの「嘘」、ずっと言えずにいたもうひとつの「嘘」、「その嘘は、罪ですか?」と詰問の刃を突きつけてくる。
映画を観ているあいだ、ずっと考えていたが、ラストシーンで答えが出た…と思ったけど、本当はまだ考えている。さて、あなたは、どんな答えを出すだろう。
おすすめ度★★★★★

追いかけるぜ、西川美和監督!
by kzofigo | 2009-07-05 13:53 | ムービービーム























