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 1980年代前半。「ミントバー」が入っていた六本木のビルの1階にあったカフェバー。僕の2つ隣のカウンター席で女の子を口説いていた「教授」も57歳。アラウンド還暦。アラカンである。その教授が5年ぶりにリリースしたソロ・アルバムをここしばらく聴いている。ひょっとすると、教授の最高傑作なんじゃないかと思い始めている。


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 これまで教授のベスト・ソロワークは、「戦メリ」ブレイクによって産み落とされたブツのなかでも、最もアーティスティックな井上嗣也アートディレクションによるカセットブック「Avec Piano」(思索社/当時2000円)に納められた、『戦場のメリークリスマス』の自作スコアをピアノ1台で再構成したこのカセットだと思っていた。


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 話は若干、東と昔にそれるが、大阪にいた頃、深夜にテレビで流れる映画の上映情報で『戦場のメリークリスマス』のタイトルを見ただけで、もう2~3回は観てるのに、また観たくてしょうがなくなって、オールナイトでやってる心斎橋の映画館までバイクを飛ばしたのを思い出す。深夜なのに映画館は若者たちで満席状態だった。そういえば僕も若者だった。23歳だったかな。えーと、それくらい大島渚、ビートたけし、坂本龍一、デイヴィッド・ボウイが集結した「戦メリ」人気は凄かったのだ。


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 その『Avec Piano』を『out of noise』は超えてるかも知れない。とにかく静謐である。清らかで澄んでいる。「音」そのものに焦点を当て、極めてシンプルに素材を生かした曲が並んでいる。ノイズと音楽の境目をさまようような、これまで誰も聴いたことのない美しさをたたえている。

 レーベルは教授がエイベックスと共同で立ち上げたcommmons。このレーベルには、コトリンゴや口ロロ(クチロロ)やHASYMO/Yellow Magic Orchestraの他に、あのPENGUIN CAFE ORCHESTRAも所属している。

 このアルバムには「ビート」がない。リズムを持つものは3曲ほどある。しかし、ポピュラー・ミュージックの基本であるビートからは解放されている。たとえば、ラストの「composition 0919」はCMに使われているが、TVオンエア時には「より聴きやすい」ビートの入ったバージョンが流されている。だが、このアルバムではビートレス・バージョンなのだ。東京芸大でクラシック音楽を中心に学んだ教授は、YMOのリズム隊2人、細野晴臣(ベース)と高橋幸宏(ドラムス)に「僕にはビートに対するコンプレックスがある」と語っていた。

 ビートだけでなく、ほとんどの曲がメロディさえ持たない。レコード会社との契約、映画製作者からのオファー、所属ユニットのアルバム・リリース、セールスやプロモーション・・・ビートへのコンプレックスも含め、そういった音楽を「創らなければならない」すべての理由から解き放たれて、自分がアーティストとして本当に創りたい音楽を好きなように創れる環境が整った場、それがcommmonsというレーベルなのだろう。

 それが証拠に、今回のアルバムは、教授が「いま自分が一番聴きたい音たちが過不足なく響いている。いろいろな色や形をした12の曲がつながったとき、1枚の大きな絵になっている」と語っているように、極めて作家性の強いアルバムに仕上がっている。

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 教授は、『out of noise』制作中に「北極圏への旅ツアー」に誘われて行って来た。そこで強い衝撃を受けたという。そのインパクトがこのアルバムに強い影響を及ぼしている。

以下は、「commmonsmart」サイトにある教授自身の曲解説を聴いて参考にし書き起こしたもの。


1.hibari

 教授が小さい頃からファンである孤高のピアニスト、グレン・グールドが夏目漱石の『草枕』を愛読していて、その冒頭に出てくるヒバリのエピソードをもとにした曲。教授によるピアノの2つの同一フレーズが、少しずつズレていく。そして、またひとつに重なりあって終わる。そういった新しいアイデアに挑んでも、サウンドは極めてさりげないところが教授らしい。輪唱ならぬ輪奏のような曲だ。

2.hwit

 最初、タイトルは「white」だった。それでは直接的でつまらないから、500~600年前の古い英語で「白」を意味する単語を使った。発音は「(フ)ゥィット」だと思う。哀切に富む旋律を、純粋に、英国の古楽演奏グループ・フレットワークだけが弾いているトラック。だんだんと音が積み重なっていき、積み重なった中で変化していく音の「あや」が印象的だ。この曲をカーステレオで流しながら走っていると、自分がヴィム・ヴェンダースの映画の登場人物にでもなったような錯覚を覚える。悲しい、実に悲しいメロディ。

3.still life

 Still lifeは、日本語では「静物」だが、英語のもとになったイタリア語[natura morta]では「死んだ生き物」「死んだ自然」を意味する。その意味合いが興味深いと思い、「フレットワーク+東野珠実(とうの・たまみ)の雅楽の笙+清水ひろたかのギター」に教授の即興ピアノを重ね、表現したもの。フレットワークが奏でる弦楽合奏の葉っぱの上に、教授のピアノの音が雨の雫のように落ちていくのをスローモーションで見ているようだ。泣きそうになるほど悲しくて美しい。

4.in the red

 テレビのニュースで見た、火事で焼け出された黒人のおじいちゃん。彼が焼けた家の前でコメントした「何もかも失ったけど俺は平気だよ、生きているから」という言葉に含蓄があり、声のニュアンスも良く使わせてもらった。その声に教授による中古の電気ピアノ+アップライト・ピアノ、クリスチャン・フェネスとコーネリアス・小山田圭吾のギター、高田漣のペダル・スティールを音のコラージュにして重ねている。孤独を音にしたような曲だ。

5.tama

 「言霊」、「魂」の意味のtama。東野珠実に笙を吹いてもらい、その上にニューヨークのロブ・ムースという20代の若きヴァイオリニストの演奏を重ねている。後ろで鈴のように聴こえる音は、教授のスタジオで鳴らした備長炭の音。笙の不協和音と水晶がきらめくような音が、美しさと狂気をはらみ、絡まりながら大きな抑揚を形成しつつ流れいく。

6.nostalgia

 教授が好きな映画監督のひとり、『惑星ソラリス』で有名なアンドレイ・タルコフスキー。彼の作品『ノスタルジア』(1983年/カンヌ国際映画祭監督賞)の影響を受けている。間があいたピアノの和音だけのつながりに、ロブ・ムースの非常に繊細な「幽き(かそけき)」音のヴァイオリンが重なる。なくなってしまった場所、モノ、人を想う気持ち、郷愁が表現されている。優しさを伴ったピアノの和音に少しほっとする。耳に障るか障らないかギリギリの線の高音で弦が奏でるロングトーンがいいアクセントになっている。

7.firewater

 2年前に見に行った東大寺の「お水取り」で、仏教の中心の寺で行なわれる大切な「行」の中に、お神楽や山伏が出てくるという「神仏習合」のような古代的な姿に教授は驚いた。そのお神楽の音を手持ちのレコーダーで録って使っている。タイトルは、「お水取り」で大きな松明(たいまつ)を持って僧侶がお堂を動き回るから、火と水。火だるまが暴れまくるような曲調。音のトンネルの中を流星号に乗って猛スピードで移動していくスーパージェッターになったような気分だ。

8.disko

 ここからの3曲を教授は「北極圏三部作」と呼んでいる。この曲のタイトルはグリーンランドにある島の名前。 そこに上陸して、ペットじゃなくてそりを引く労働者である犬の、島中に響くような悲しげな鳴き声に教授はびっくりした。その鳴き声を録音しルー プさせてリズムのように使い、小山田圭吾のギターを乗せている。聴いているうちに体感温度がどんどんと下がっていく。

9.ice

 ゴムボートで北極圏の海に漕ぎ出して、氷山がたくさん浮いている場所で録った海中の音を使っている。水深5mくらいのところで、小さな氷の粒がボートの周りに寄ってきて「シャワシャワ」という音をたてる。その音に時間と場所を越えて、小山田圭吾のギターを入れている。深海魚になった自分が海面近くまで上がってきて、太陽の光に揺らめく水面を海中から眺めているようだ。

10.glacier

 三部作の最後。「氷河」という意味。冒頭の音は、氷河の中に自然にできた三角形の氷の洞窟に入り、そこで小さなベルを鳴らしたもの。また、水深15cmぐらいのよころを、氷河の氷が解けて流れている音を水中マイクで録った音も使っている。おそらく何千年か前の非常にピュアな水の音をベースにして、いろいろな音を置いていった。地球という天体で、人間は壮大な時間と自然に支配された非常にちっぽけな存在であることを感じさせられる。

11.to stanford

 4年ほど前のコトリンゴの曲。去年8月に行なったロハスクラシック・コンサートで、2人で2台のピアノを使って演奏した。それがとても楽しかったので、ニューヨークに帰ってピアノ2台で弾くインスト曲にアレンジして、教授が自分で2回弾いた。教授はあまり人の曲をカバーしたことはない。これまでやったのはローリング・ストーンズと沖縄民謡くらいらしい(笑)。唯一ちゃんとしたメロディを持つこの曲がアルバムの中では凡庸に聴こえるから面白い。

12.composition 0919

 「composition」というのは曲、「0919」は9月19日のこと。ファイル名に入れておいた日付け。教授自身が出演している携帯電話のCMのために書いた曲だが、こっちが本体。CM版はビートを入れて聴きやすくしている。ピアノによる3種類の和音をズラすことで、緊迫感のある音楽に聴こえるように構成されている。1曲目の 「hibari」とこの曲は純粋にアップライト・ピアノだけのミニマリズムの曲なので、1曲目にリピートしても自然に聴けるのだ。


 教授が今回手に入れた中古の電気ピアノとアップライト・ピアノがベースにあるけれど、そこに北極圏の海中の音やグリーンランドの犬の鳴き声を入れ、ルネッサンスのバロック音楽の要素も取り入れながら、「素材を生かした日本料理や枯れた枝に一輪だけ花を刺すような華道にも似た、花鳥風月のようなアルバム」(教授談)。教授のピアノに自然の音や英国の古楽演奏グループ・フレットワーク、コーネリアス、高田蓮ら才気あふれるアーティストの音が交差して、純度の高い音世界を創り上げている。

 僕らが大学生時代に一世を風靡した、PENGUIN CAFE ORCHESTRAのようなアンビエントな環境音楽の体を成してはいるが、決してヒーリング・ミュージックではない。「癒し」や「リラックス」とは無縁の音楽だ。音楽というより、震える音の分子を感覚でとらえる…とでも言えばいいのか。感覚を研ぎ澄まして対峙することが前提の音楽だ。教授がいろいろとプロジェクトを立ち上げているカーボンオフセット(二酸化炭素削減)の観点からいえば「環境(保全)音楽」だが。

 音の重層。音の時間差。音の非整合。そういった教授が仕掛けた音のトラップに耳を持っていかれる「聴覚のもてあそばれ感」が、聞き込むほどにじわじわと脳髄に広がっていって、やがて快感になる。非常に純度の高いハッピードラッグのようなアルバムだ。

 制作順序が逆になると思うのだが、このアルバムをサウンドトラックにした映画が観たくてしょうがない。この音楽に見合うフィルムメイカーがキューブリック(もしくはタルコフスキー)あたりしか見当たらないのが残念だ。その映画はモノクロームで悲しくて孤独で恐ろしいほど美しいだろう。


▼全曲試聴可(1曲00:45だけですみません)
http://listen.jp/store/album_rzcm46129.htm


ただし、『out of noise』が最高っていうのは暫定だからね。
だって、僕は教授の作品を上の2作プラス下の5枚ぐらいしか聴いてないもん。

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本当の最高傑作がこれだと示せるのは下に挙げた作品その他を聴いてからの話だ。

どひー!

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by kzofigo | 2009-04-04 23:48 | ミュージック・ブック