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直島へ帰って来た 完     

下の写真は17~18年前に撮った生家の台所。
ここはいまでも変わっていない。だから落ち着く。


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落ち着きすぎて、従姉妹の姉ちゃんや、その母親のおばちゃんと話し込んで、フェリーの出港時間を忘れ、1本遅れてしまった。もう1本遅れたら泊まりになるところ。それでも別にいいんだけど。仕事があるからね。おばちゃんも「泊まっていったらえーがー」と言ってくれた。


今回の帰省で一番驚いたのが下の女の子。上の写真で右端に写っている、従姉妹の姉ちゃんの二女。小学生の頃、会ったきり。いまは女子大生。看護師をめざしている。この日は週末なんで家に帰っていた。両親のいいとこ取りでカワイイ。フェリーが1本遅れたのは、本当は彼女のせいかも知れない。


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また遊びに来るよ。
直島のアッキーナ!




30年祭を行なった本村にある親戚の家が、安藤忠雄の手がけた「直島・家プロジェクト/南寺(みなみでら)」と目と鼻の先。島を回っている時、寄ってみた。自販機であったかいお茶を買う。寒いんだもん。おばちゃんが自販機を開けて作業を始めた。

僕に目を留めると「これな、安藤先生が作ったんよ。中に入って上を見てごらん」と言って黒い円筒形の木造建築を指差した。「これ、便所じゃろ?」。「そうじゃ」。男子マークのほうへ入って見上げてみた。吹き抜けになっていて、梁がスパイラル状に張りめぐらされている。何てことはなかった。

「僕なあ、直島の生まれなんよ」と言うと、おばちゃんは驚いた。おばちゃんも本村の人なので、僕の生家や親戚の人たちを全員知っていた。祭りの太鼓の担ぎ手がおらんこと。外国人客を案内する人がおらんで困っとること。いろいろと話し込んだ。おばちゃんはサカタニトシコさん。観光案内のボランティアもやっているのだった。

▼直島・家プロジェクト 南寺
http://www.naoshima-is.co.jp/index.html#/art/minami

すると、おばあちゃんとおばちゃんが通りかかって、僕らの話に加わってきた。おばあちゃんはホリグチトシコさん。母のひとつ上の姉と同級生だった。おばちゃんはオオタニ(旧姓カワゴエ)ミヤコさん。母の一級下だった。2人は僕のことを「フミちゃんの子かいな」と言った。母の名前は芙美子という。

そこからまたいろんな話が始まって、結局4人で1時間ぐらい話し込んだ。安藤忠雄はどうでもよくなっていた。それに、よく見ると、ここは昔、お寺の境内と公園がミックスされたような、子どもの遊び場として格好な所だった。遊戯具があったし、従兄弟やそのツレと野球もよくした場所。

子ども時代の思い出のある場所が、昔のままではない。それはさみしいことだ。僕はノスタルジックすぎるのだろうか。安藤忠雄は尊敬している人のひとりだが、この「南寺」のプロジェクトは見る気がしなかった。安藤忠雄は好きだけど、おばちゃんたちと話し込んだ時間や子どものころの思い出のほうが僕にとってはずっと大事。そういうことだ。

今回、時間がなくて精錬所を撮れなかった。また帰ろうっと。


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待っとって、俺の海っ!

by kzofigo | 2009-01-29 19:37 | トラベリング・ボーイ